熊本の中の韓国・朝鮮2008(1)
熊本と朝鮮半島はありとあらゆる意味で交流が深い。
地名の中にも元朝鮮語の地名が多いこと(『熊本』『ウルサン町』『百済来』『多良木』など)、
歴史の中でも人的な交流が多いこともあげられる。
日遥上人は今日の韓国・慶尚南道(キョンサンナムド)にて生まれ、俗名を余大男(ヨ・デナム)という。13才の時に、秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役、南北朝鮮では『壬申倭乱』『丁酉倭乱』)が起き、家族とともに故郷を脱出するが家族とはぐれて途方に暮れたところを清正公の目に留まって才能を見込まれて、肥後熊本のへ渡ることになった。
時を経て、現在は…

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地名の中にも元朝鮮語の地名が多いこと(『熊本』『ウルサン町』『百済来』『多良木』など)、
歴史の中でも人的な交流が多いこともあげられる。
日遥上人は今日の韓国・慶尚南道(キョンサンナムド)にて生まれ、俗名を余大男(ヨ・デナム)という。13才の時に、秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役、南北朝鮮では『壬申倭乱』『丁酉倭乱』)が起き、家族とともに故郷を脱出するが家族とはぐれて途方に暮れたところを清正公の目に留まって才能を見込まれて、肥後熊本のへ渡ることになった。

時を経て、現在は…

by shintaromaeda | 2008-06-12 21:43 | 写真加工デザイン | Trackback | Comments(0)











































































