携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 続・熊本復興の象徴としてのくまモン

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昨年6月に熊本復興の象徴としても頑張っているくまモンのことを当ブログを通じて取り上げさせていただいたが、それ以降も「24時間テレビ」で羽生結弦選手と共演したことや「紅白歌合戦」で熊本出身の武田真一アナとともに活躍したこと、国内外へのお礼行脚やゲスト出演、サントリーの缶コーヒー「BOSS」のCMでタモリさんやトミー・リー・ジョーンズとの共演など引き続き熊本復興のために頑張っていることが熊本・大分を元気にし、さらには我々住民の励みになっていると思っている。

説明不要とは思うのだが念のため
プレミアムボス『プレミアム熊本』篇 30秒 トミー・リー・ジョーンズ タモリ 北村一輝 くまモン サントリー CM


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震災発生以降も変わらずに、あるいはそれ以上に頑張っている熊本県産品のアピールも熊本・大分を元気にしていると思っている。
私はそのことからもくまモンに感謝している。
また、熊本県産品を購入していただいた方々にもご支援をしていただいている方々にも感謝している。

私はこれからも熊本県民の、被災地住民の一人として復旧・復興のためにくまモンと力を合わせて務めを果たそうと思っている。

まだまだあるくまモン熊本復旧・復興へ向けての活躍とさらに見つけた「くまモンがんばれ絵」の数々はこちら
都心にくまモン電車登場 確率40分の1で出会えます(17/02/02)
HD【くまモンラッピング】東京メトロ銀座線01系第30編成(01-130F) 渋谷駅
#くまモン頑張れ絵 熊本地震復興応援(2016.4.20)
くまモン 新年のご挨拶 熊本物産販売お手伝い
くまモン♥和歌山で、ラジオ出演から恋ダンス💃
ひょうご防災の日の集いでくまモンたいそうだモン😊
熊本地震復興応援ソング「名もない絆」


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# by shintaromaeda | 2017-02-23 18:51 | イラストレーション・絵画 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 「ミッフィー」の生みの親・ブルーナ氏に感謝し、ご冥福をお祈りする

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18日に「ミッフィー」の生みの親であるディック・ブルーナ氏の訃報がニュースサイトやテレビのニュースなどで伝えられて以来、私が小さい頃に「うさこちゃん」という名前で「ミッフィー」の小さい本が自宅にあったこと、テレビで「ミッフィー」の人形劇を見たこと、家族旅行で訪れた長崎県佐世保市のハウステンボスにあったミッフィー専門店「ナインツェ」へ足を運んだことやその他ハウステンボス敷地内で「ミッフィー」のキャラを見かけたこと、ブルーナ氏の仕事について書かれた本を宇城市内の図書館で借りて読んだこと…と様々なことが走馬灯のごとく思い出された。
今は、「ミッフィー」を通じて私を含め老若男女問わずに多くの方々に夢を与えてくれたことに感謝し、ご冥福を祈るのみである。
Thank you very much,Mr.Bruna.




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# by shintaromaeda | 2017-02-20 17:13 | イラストレーション・絵画 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 熊本地震より10ヶ月、改めて思うことと新たに感じたこと

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先月31日午後に復旧工事が進む熊本県立美術館分館と熊本県伝統工芸館の真向かいにあり、現在も立ち入りが禁止されている北十八間櫓と東十八県櫓下の広場に震災を乗り越えて例年通り咲いた椿を道路を挟んだ向かい側から撮影。自然は厳しい試練を与えることもあれば美しい風景を見せることもあることを改めて実感した。

14日と本日(16日)で熊本地震発生から10ヶ月を迎えた。
熊本市中心街を始め、私の地元・宇城市内の各商店街など震災前の賑わいを取り戻した地域が多いとはいえど未だに全館休館や一部休館を余儀なくされている公共施設が多いことや南阿蘇鉄道やJR豊肥線を始めとして一部運休を余儀なくされている区間がある路線があること、熊本城を始めとする文化財の復旧と生活の再建をどう両立させて行くかという課題、未だに4万人を超える方々が終の住処が見つからずに仮設住宅で生活していること何ど様々な課題が山積している。

2005年(平成17年)ないし07年(同19年)に遊美塾秋季宿泊講習で撮影した南阿蘇鉄道の沿線の写真。季節外れではあるが全線復旧と沿線地域にも復旧・復興が一日も早く実現することを願い、掲載させていただくこととした。
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さらに復旧・復興と防災に加えて課題が生まれたとすれば、この震災を後世にどのように語り継ぐかということである。
年数が経過するとともにこの震災のことが忘れ去られることが出てくるかもしれないので、10ヶ月前に我々被災地の住民が体験したことを様々なことを様々な形で言葉はもちろんのこと、写真など目に見える伝達手段なども使って語り継ぐ必要が出てくると思っている。そのためにも私も出来ることがあればとも思っている。


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# by shintaromaeda | 2017-02-16 20:20 | 写真 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 遅れながら、2016年(平成28年)を振り返ってみる(1) 〜天へ旅立った有名人が夢と希望を与えてくれたことに感謝しつつご冥福をお祈りする

1.モハメッド・アリ
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昨年6月6日、リングの上の対戦相手だけではなく差別などアメリカ国内の問題とも戦ってきたモハメッド・アリの訃報を受けてアップル・コンピュータが追悼のために上げた特別トップページ。英文の意味は「想像力のないものに翼はない」という言葉である。また、アリは亡くなる少し前に「本物のイスラム教徒は殺人などしない」というISILやアルカイダなどのイスラム原理主義グループとトランプ大統領候補(当時)の双方を批判する趣旨の言葉も残しているとのことである。
アリの勇姿はこれからも語り継がれて行くと思っている。

2.「スネ夫」肝付兼太さん
訃報を聞いた時には「ジャイアン」たてかべ和也さんの告別式に参列した姿を見てから日が浅いので正直驚いた。
たてかべさんと肝付さんがジャイアンとスネ夫を通じて与えられた夢の数々は後継の方々の仕事に引き継がれていると思うので、現「ドラえもん」の声優陣の皆さんを悪く思うのは御勘弁頂きたいと思っている。

3.水谷優子さん
51才と早い年齢だったこともあってショックを受けながらも思い返したのは、水谷さんが出演していたキャラクターのシーンととも私が学生だった時分ににアニメ作品の作家としても有名なあかほりさとるさんと務めていたラジオ番組を始めとする様々なラジオ番組での語り口の数々だった。水谷さんが演じたキャラとラジオなどでの語り口を通じて与えられた夢は様々な形で後世に引き継がれると思っている。

昨年にはデヴィッド・ボウイやプリンス、元ワム!のジョージ・マイケルといった生ける伝説とも言えるミュージシャンも天へ旅立った。
彼らもそれぞれ比較的早い年齢だったこともあって訃報を聞いた時にはショックは大きかったが、彼らの残した歌のパフォーマンスの数々も音楽シーンや我々の中で永遠に生き続けると思ったのである。

彼らの名曲は多いのだが、その中からいくつかを
David Bowie - Modern Love
Prince Performs “Purple Rain” During Downpour | Super Bowl XLI Halftime Show | NFL
Wham! - Last Christmas
George Michael - Monkey

今はこの場を借りて夢を与えてくれた有名人に感謝をするとともに、ご冥福をお祈りしたいと思っている。
皆さん、本当にありがとうございました。



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# by shintaromaeda | 2017-02-11 18:57 | 写真 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 続・熊本も文学の都である

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昨年10月と先月22日に再びそれぞれ熊本市中央区・銀座通り沿いにて。

熊本で漱石が熊本に降り立って間もない頃に夫人・鏡子さんと結婚し、さらには長女・筆子さんが生まれたことで新しい家族を得たことで環境の変化があったことや玉名市天水町の小天温泉にある前田邸で自由民権運動家であるの前田案山子の娘・卓子と出会ったことで卓子をモデルとした「那美さん」が登場する「草枕」の誕生につながったため、漱石は熊本であったプライベートでの出来事や出会いによって作品誕生の一端になっていると申しても過言ではないと思っている。
また、漱石は4年半に渡る熊本五高在任中に俳句をおよそ1000句残していて、世間ではあまり知られていないようではあるが一句一句が熊本を盛り上げる力になっていると思っている。


昨年3月上旬に当ブログを通じて小泉八雲と夏目漱石がそれぞれ熊本に残した功績と遺産についてご紹介させていただいたが、昨年漱石来熊120年・没後100年に続いて、本年漱石生誕150年ということで本年も「熊本漱石年」ということで引き続き熊本での漱石の活動が取り上げられている。
あれから4月に熊本を震災が襲った際には熊本漱石年事業もどうなるかと思われたが、熊本市中央区坪井(遊美塾の近く)にある漱石第2旧宅や玉名市天水町にある旅館などの建物が被害を受けてたりイベントのいくつかが中止・延期になったとはいえオープニングイベントを行う予定だった熊本県立劇場の姜尚中館長が熊本日航ホテルに会場を間借りする形でイベントを開催したことを始めとしてなんとか開催することが出来たので、八雲と漱石の遺産と功績は昨年NHKで放送されたドラマ「夏目漱石の妻」(大変興味深く見ていたが、漱石が家族や周囲との関わりでどのようにして名作を生んだのかを見ることが出来たと思っている)とともに震災直後からも変わらず、もしくはそれ以上に盛り上げたとともに復旧・復興にもつながっていると思っている。

平成28年熊本地震 特別報道写真集 -発生から2週間の記録-

熊本日日新聞社(編集),熊本日日新聞=(編集)/熊本日日新聞社

2016年(平成28年)4月に発生した熊本地震の被害の様子と復旧・復興への思いと取り組みを発生から二週間について取り上げた一冊。

熊本最大の地方紙である熊本日日新聞から発行された「平成28年 特別報道写真集-発生から週間の記録-」のあとがきでくまモンの生みの親の一人でもある小山薫堂さんが寄せた文章で漱石の言葉「世の中は苦にすると何でも苦になる。苦にせぬと大概のことは平気でいられる。」を紹介していた。私は今でもこの言葉も座右の銘として県民の一人として復旧・復興のために努力すべきことは努力しようと考え続けている。







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# by shintaromaeda | 2017-02-11 12:56 | 写真 | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 「1・17」二十三回忌、熊本地震から9ヶ月を迎え思うこと

[AC CM]公共広告機構 阪神淡路大震災激励1
「1・17」(阪神淡路大震災)発生直後から神戸市内を始めとする被災地の様子が伝えられ、場面の数々を見る度に言葉を失う一方で何か出来ることはないかと考えていた時にこのCMで瀬戸内寂聴さんが訴えたメッセージを聴いてその50年前に我々の祖先が終戦直後の焼け野原の中から日本の復旧・復興を目指して立ち上がったことを思い起してどんな小さなことでも行おうと思って募金を行ったことをおぼえている。以来、「3・11」などの大きな災害が起る度に国土の復旧・復興を目指して立ち上がった祖先のことを思い起こして小さなことでも可能なことを行ったことをおぼえている。私自身も被災者となった熊本地震の際は被災地住民の一人として愛する地元・熊本と大分の復旧・復興のために何か出来ることはないかと思った際に改めてこのCMのことを思い返し、祖先に習って可能なことを少しづつでも行って熊本・大分を再び元気にしようと思ったのである(その思いは今でも変わらない)。

遅い話題となってしまったが、去る14日と16日で熊本地震の余震・本震より9ヶ月、17日に「1・17」二十三回忌を迎えた。
「1・17」の際にはそれまで行われていた対策や震災発生時の対応が不十分だったことから命令系統の不備が発生して被害が大きくなったことが問題となり、その反省から防災・減災のために国内法の改正などが行なわれたことで改善されたこともあって自然災害への対策や対応がスムーズに進んだことも多かった。その一方で私もそうなのであるが熊本を始めとする九州地方では水害への対応は盛んにとられていたとはいえ、地震への対策は不十分だったのではないかと思っている。私は熊本地震発生後にそのことへに対して反省する気持ちも日増しに強くなって行ったのである(県庁や市町村役場などの行政機関でも対策の見直しを大幅に行ったとのことである)。
また、「1・17」被災地が地下鉄サリン発生後に関心が一気に薄れて行ったということも問題になったのを覚えている。今、熊本地震被災地への関心も薄れているとのことなので改めて復旧・復興が完成するその時まで熊本・大分のことを少しでも覚えていただけたらと思っている。

熊本地震発生直後から神戸市を始めとして「1・17」の被災地の皆さんからも支援や激励、アドバイスを頂いたことにも大変ありがたく思っており、そのことに応えるためにも復旧・復興を実現させたいと思っている。

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今月22日午後、遊美塾からの帰りに撮影した修復作業が進んでいる熊本城長塀。我々熊本県民の財産である熊本城が元の姿に少しづつでも戻って行っているのは嬉しいのだが、その一方で修復工事を急がずに生活の再建も充実させるべきだという意見も出ているため生活の再建と熊本城を始めとする文化財の修復をどのようにして両立させて行くかという課題の解決にも私も何か出来ることはないかと思っている。


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# by shintaromaeda | 2017-01-30 20:18 | 写真 | Trackback | Comments(0)