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携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 日本からパリと中近東へ向け、平和の実現を祈る

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少々遅くなってしまったが、私もパリや中近東からはるか遠い日本から「Pray for Paris」に賛同すべくイラストを描かせていただいた。一刻も速い平和の到来に役立てば幸いである。

13日夜(日本時間14日未明)にフランス・パリの中心街で発生したテロ事件ではスポーツやコンサートを楽しんでいた何も罪がない人々が多く犠牲となり、1月に起きたパリの新聞社襲撃や2月に起きたシリアでの湯川春菜さんと後藤健二さんの殺害、日本国内に蔓延するレイシズム(排外主義、差別主義)などとともに憎悪と報復の連鎖が続いていることを大変悲しく思っている。パリは岡本太郎さんや藤田嗣治(レオノール・ツグハル・フジタ)さん、「天皇の料理番」としておなじみの秋山徳三さんなどと縁が深い都市としても知られているだけに日を追うごとにショックが大きくなるとともに私も微力ながら憎悪と報復の連鎖を断ち、平和が実現するために何か出来ることはないかと思っている。

憎悪と報復の連鎖を断つためにまず必要なのは、「自分がされて嫌なことは、人にもしない」ということとどの様な宗教でも目指すことは「人々の幸福と平和」ということであることを心に留めておくことではないかと思っている。

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by shintaromaeda | 2015-11-16 20:03 | イラストレーション・絵画 | Trackback | Comments(2)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 祝・日伯国交樹立120年(2)

日本とブラジルを繋いでいる人々の中でさらに取り上げる必要があるとするならば、アントニオ猪木さんを取り上げる必要があると思っている。

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2008年(平成20年)大晦日にブラジル移民100年となる年を締めくくる意味で当ブログに掲載した猪木さんの詩「ブラジルのコーヒー豆」を元にした作品。猪木さんは1957年(昭和32年)に家族とともに横浜市鶴見区からブラジル・サンパウロ州ヘ移住し、60年(同35年)に力道山さんにスカウトされて帰国するまでコーヒー園や養鶏場で労働に従事していた。この詩はその頃の様々なことが大きく反映されているのではないかと思っている。

闘魂レシピ

アントニオ猪木 / 飛鳥新社

ただの料理本ではない、料理の中に隠されたアントニオ猪木さんの人生の物語と哲学が凝縮されている一冊。

スコア:


猪木詩集「馬鹿になれ」

アントニオ猪木 / 角川書店

格闘家としておなじみのアントニオ猪木さんの心の叫びとも言える詩の数々を綴った一冊.

スコア:



猪木さんに取っては第二の故郷となったブラジルでの活躍ぶりと日本国内での日伯親善のための活動ははこちら
猪木-ブラジル・アマゾン探検隊 1974年
ブラジルフェス アントニオ猪木
暴動寸前!猪木、第二の故郷ブラジルで大ハプニング!

猪木さんの数々の活動も日伯両国の更なる交流を進めるのでは、と思っている。

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by shintaromaeda | 2015-11-14 20:07 | 写真加工デザイン | Trackback | Comments(0)

携帯GPS地図『マッピー』提供ブログ用アイコン01 祝・日伯国交樹立120年

昨日(5日)日本とブラジルが国交を樹立して(日伯修好通商航海条約締結)から120年を迎えたが(お恥ずかしい話ではあるが、そのことは最近となってテレビや新聞で知った)、その間両国は基本的に友好的な関係を維持してきたと考えている。

日伯両国の交流で真っ先に上げる必要があるのは1908年(明治41年)から続いているブラジルへの移民渡航と1980年(昭和55年)頃からブラジルから祖先の国である日本へ渡って来た日系ブラジル人のことではないかと思っている。そのことから人と人との交流が両国を繋ぐ原動力になっていると思っている。

改めて昨年度(2014年度)遊美塾展に提出した私の地元・熊本県宇城市からブラジルへ渡ったマナブ間部さんをモチーフとした作品。
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こちらも改めて1999年(平成11年)に宇城市不知火町の不知火文化プラザが完成した際にマナブ間部さんの作品を常設展示するにあたって設置された石碑。
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海外のユーザーがYoutubeに載せているマナブ間部さん関連の映像の数々(長いものもあるのでご注意)。
Manubu Mabe Paints a Picture(12分程度)
Manabu Mabe(3分程度)
MANABU MABE - Vicenzo Bellini´Symphony from Norma

120年の中ではわずかな期間ではあるが両国間に亀裂が走ったこともあった。と申すのは大東亜戦争(太平洋戦争)でブラジルがアメリカやイギリスなどの連合国側についたため敵国人となってしまった日系人は日本語の使用や複数の人数で集まることなどが禁じられたことと加えて、日本からの情報が乏しかったこともあり終戦後に日本の敗戦を信じずに日本が買ったと主張する「戦勝派」と言われる人々が敗戦を信じ受け入れた上で日系人社会を再建しようとする「認識派」(あるいは「負け組」)と言われる人々を襲撃したり殺害する事件が発生し、他の住民も巻き添えとなって犠牲となった人々も出たために日系人や日本への反感が起ったためである。この惨劇は自分に都合がいいことや聴きたいことだけを聴こうとして都合が悪いことや聴きたくないことを受け入れないことが相手にも自分にも第三者にも危うい結果をもたらすことを約70年経った今日を生きる我々にも向けられた教訓として伝えてくるように思えてくるのである。

日系人の抗争についての映像はこちら(こちらも長いものがあるためご注意)
ブラジル日系社会における「終戦」 ~ 「勝ち組・負け組」抗争の回想(20分程)
映画『汚れた心』予告編(2分程度)

日伯両国間に横たわった相互不信を解消することが出来たのは日系人の中に真面目に働いてブラジル社会に貢献する人々が多くいたたためであり、そのことが両国の信頼関係を取り戻して今日に渡る厚い友情ヘ発展したとのことである。

来年は中南米初の五輪となるリオ五輪も控えているので、更なる日本とブラジルとの交流につながるのではと思っている。

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by shintaromaeda | 2015-11-06 20:22 | その他 | Trackback | Comments(0)